Archive for 1月 2010

「忌むべき過去」

 このところ仕事の疲れが溜っているのか、週末は家で大人しくしていることが多い。先週も、明大考古学専攻生の同窓会に行きそびれてしまった。前日まで頭にあったのだが、当日になって朝から雑文を書いているうちに、すっかり失念してし [...]

羨ましい

 後方支援している現場を陣中見舞いして来た。調査前は試掘結果から縄文と古代の二時期、比較的単純な遺跡のはずだったが、発掘を始めてみると、縄文中期が少なくもと二時期、弥生時代後期、古墳時代前期とたぶん後期、古代に複数の時 [...]

データレスキュー3

Time Machine用の外付けディスクドライブとして使っていたLaCie Desktop Hard Disk 1TBが固まってしまってからずいぶん経った。そのうち修復しようと思っていたが延び延びになっていたのだ。デ [...]

ブザンソン城塞の203高地

上の写真から色々なことが分かる。たとえば、ヤワな手摺から身を乗り出して撮影している私が恐怖感で平衡感覚を失い(それでさらに怖くなるのだが)、写真の水平が取れていないこと。まあそれはさておき、左側の斜堤(今は木立があるが [...]

ブザンソンの城塞に立って旅順を思う

日本の城郭で言えば大手門に相当するであろうか。侵入者は、この地点に至るまでに、天然の地形を利用した長大な斜堤、即ちなんの遮蔽物もない数百メートルの距離のダラダラした上り坂を、立体的な十字砲火を浴びて大量の犠牲を強いられ [...]

「帝国古代文化研究会」!?報告

1月9日土曜、新宿歌舞伎町の某社会議室にて「帝文研」の1月例会を開催。
発表は以下の通り。

岡安光彦「壬申の乱の武器と兵士」
太田博之「群馬県の「積石塚」をめぐって」

「渡来系」という語の適否は置いて、「渡来系」とさ [...]

ブザンソン城塞(その2)

 ブザンソンを首都とするフランシュ=コンテは、スイスと国境を接するフランスの東の端にある。北に隣接するアルザスと同様、もとをただせばアレマン人の居住地であり、ハプスブルク家の領土であったが、三十年戦争を経て、ルイ14世の [...]

ブサンソン城塞 Citadelle de Besançon

L'oeuvre de Vauban à Besançonアップロード者 aeromedias. –
ブザンソンへはコルマールからリヨン行きのTGVで2時間足らず。
ヴ [...]

謹賀新年

明けましてお目出度うございます。
暮からしばらく渡仏しネットから(かなり意図的に?)離れておりました。
帰りにフランクフルトから乗ったルフトハンザは何時もよりずいぶん南よりに飛んで、遼東半島を掠めソウル南方で朝鮮半島を [...]