「忌むべき過去」
このところ仕事の疲れが溜っているのか、週末は家で大人しくしていることが多い。先週も、明大考古学専攻生の同窓会に行きそびれてしまった。前日まで頭にあったのだが、当日になって朝から雑文を書いているうちに、すっかり失念してしまい、「ああそうだった」と気付いた時には、すでに日が傾いていた。今から出かけると、ちょうどお開きになる時間かなと思うと、何だかえらく億劫になって、そのまま家でワインの栓を開けてしまった。
そして今日も、小田原で開かれるシンポジウム「古墳時代の始まりと足柄平野」に顔を出そうと昨日まで思っていたのに、何やら体が重い。朝食後、少し体を休めようと床に就いたら、驚いたことに目を覚ますと午後になっていた。ぼんやり『龍馬伝』の再放送を見たり、先の大戦のドキュメンタリー番組を眺めているうちに、これから出かけても、くだんのシンポジウムが終わる頃だろうという時間になってしまった。長いことお会いしていない方も多いので、「反省会」にだけ出席するのも悪くはないのだが、今ひとつ元気が出ない。いよいよ齢かも?
さて、宮部みゆきは好きな作家の一人だが、全ての作品を読んでいるわけでもない。たとえば『蒲生邸事件』も、タイムスリップがテーマという理由で、これまで何となく敬遠していた。たまたま会社への行き帰りに、佐藤優と魚住昭の対談集『ナショナリズムという迷宮ーラスプーチンかく語りき』(朝日文庫、2010年)を読んでいて、佐藤が「二.二六事件を武力を持った官僚の一部が起こした事件として考えてみましょう。二.二六事件を考える上でおすすめのテキストがあります」と紹介しているのを見て、そういう読み方もあるかと、くだんの作品を求めたのであった。
すでに繰り返し議論されているようなので、このブログで今さら取り上げるのも何だけれど、文庫版の「解説ー過去を差別しないという原点」で、関川夏央が次のように指摘しているのは大切だと思う。
私たちは「戦前」に対しては進歩の概念を脳裡に置きながら、忌むべき過去として無意識に切って捨てがちなのだが、宮部みゆきは、時をまっすぐにつらぬいてかわらぬものがある、かわってはならないものがある、といっている。それはひと口でいうなら「過去を過去であるという理由で差別しない態度」である。
岡安様
先日(1/24)には出席とあったので、お会い出来るのを楽しみにしてましたが、気力・体力充実しないときはゴロゴロしてるに限ります。M氏に「小見川城山1号墳」の出土品調査報告は何時刊行するのかか聞きました。同窓会と称する会合は360~380人位出席で、盛大でしたと供述しておきましょう。何かの時に遭遇したら、コメントを言わせて下さい。=M大18期卒 東京都 原田=
原田さま
お気遣い、有り難うございます。
考古学におけるパイオニアプランツ(先駆植物)として、民間市場という荒野に根を張るのは結構しんどくて、時々弱音を吐くときもあります。いずれ、我が谷は緑を謳歌したいと思います。
ところで、帝文研は毎月の予定です。いずれ、お時間の許す折に是非どうぞ。
お会いできずに残念でした。
丹沢山麓の先生は楽しい発表でした。
その他にもいろいろありまして、
一般聴衆としては、楽しめたのでしょう。
機会がありましたら、足柄平野の古墳も
どんなものかと考えてみてください。
ジュンクワさま
そうと気ずいてみれば、せっかく人生の半分以上を過ごした土地なので、我が相模の国の古墳についても、少し真面目に取り組んでみたいとは、以前から思っております……怠け者で、なかなか実践できませんが。
神奈川は先の大戦までかなりの地域が要塞地帯であったため、そうと知れず消滅してしまった古墳も多いのではないかとも思いますが、それにしても、後期のそれは前期に比べて貧相ですよね。
その辺も含め、いろいろ謎が隠された、実は極めて面白い地域で、そのうち定説をひっくり返す何かが出て来たりするのじゃあ、と秘かに思っています。
そのうち、ご挨拶にうかがいます。