「東海における古墳時代祭祀・信仰の諸問題」

 古墳時代における信仰や祭祀の問題を考えるために、東海の代表的な古墳時代祭祀遺跡や古社、古墳などを手掛かりに、「カミ」の性格や祭祀と葬送の関係性、あるいは古社の成立背景など祭祀を取り巻く様々な問題を顕在化させて、今後の祭祀研究に寄与しうるための方法論を吟味して行きたい。

 という趣旨(穂積裕昌氏による)に引寄せられるようにして、考古学研究会第14回東海例会に顔を出し、ついでに少し伊勢路を歩いて来た。
 北條芳隆氏が指摘したように、先の大戦後の日本考古学は、「記紀神話の呪縛からの解放」を歌い、それまでの研究をリセットして(したことにして)、ごく大雑把にいえば、冷戦下における東側陣営の思想基盤であったマルクス主義史観を、その方法論上の主柱として発展して来た。そして今、その歴史的な限界に突き当たりつつあると思う。思っていない研究者が大半であろうけれど。リセットをリセットして、というのはもちろん皇国史観に立ち返れというのではなく、過去を受容する勇気を持って、排斥的な一神教的考古学からの脱皮を模索していかねばならないということだけれど、そうした潮流が沢音を立てて流れるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。
 ところで、趣旨を敷衍すれば、「古墳時代」ってのは辞めにして、上古時代とか、大和時代といった過去に用いられた時期区分を踏襲したほうが適切かもしれない。穂積さん、どう思われます?

2 Comments

  1. 穂積裕昌 より:

     岡安様
     昨日は、わざわざ足をお運び下さり、ありがとうございました。考古学の研究会でありながら、私自身の発表は考古学とは程遠い内容でしたが、ご寛容下さい。座談会では、古墳の認識に関して、比較的発表者の立ち位置が似ていて、対抗軸が明瞭にならなかった反省はありますが、それなりに各人の思っていることは伝えられたのかなと思います。ご聴講頂いた方々に乗ってもらえるかどうかは別にして・・・
     時期区分については、ひとつの歴史叙述の方法論としてより全体を照射しうる適切な名称であれば、それに従うかもしれませんね。ただ、その時は、今の「古墳時代」で覆っている時間軸をそのまま適切な別名称に移行するのではなく、例えば現在の弥生後期から古墳前期までをひと括りにするなど、既存の時期区分の変更を射程に入れたものかもしれません。もっとも、私自身にはとてもそこまで言及する余裕や能力は持ちえていませんが・・・
     考古学を研究される方には、一方で物質資料としての考古学の純粋性に拘られる方と、私のような考古資料以外のものへアクセスすることに寛容な(というか積極的にアクセスしようとする)ものの二者があるかと思います。お互い方法論の多様性を認めて「排除の論理」に陥ることなく、自らが頼む方法に磨きをかけて、切磋琢磨していきたいものです。

  2. 岡安 光彦 より:

    穂積さま。
    さっそくのコメント、いたみいります、
    今回の穂積さんのプレゼン、とても刺激的でした。
    次回は、是非、一緒に発言させてください。
    ちなみに、今日、神宮を歩いてきました。
    やはり、別格ですね。

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