『アマテラスの誕生』
東海例会に参加した折、A県埋文センターのH氏から、穂積さんと私は二人とも右翼だから、という名誉あるお言葉をいただいた。それは私には褒め言葉なので嬉しいのだが、如何せん、実は私は佐藤優が言うところの佐幕派負組の基督教徒の家に生まれ、僻み根性丸出しの左翼的思想環境の中で育ち、そのまま何となく大人になったので、本来なら右翼として持っていなければならない基本的な教養、いやそこまでいかない右翼としての常識すら、凡そ持ち合わせがない。それどころか國學院大學の方々の神道考古学を「神さま考古学」などと小馬鹿にして揶揄し、自らは科学的考古学を標榜し、恥ずかしいくらい無知を放置してきた。そういうわけで、今になって遅まきながら、慌てて「右翼」としての修養をしているところである(ちょっと遅すぎたけど)。
さて、『アマテラスの誕生』には、異なる著者による二作がある。どちらも面白い。溝口睦子によるそれは以前読んでいたが、筑紫申真の方はごく最近になって手にして、面白くて一気に読み通した。半世紀前に書かれた本で、修正されなければならない部分も多いが、それはそれとして、たいそう示唆に富んでいる。何より、文がうまくて、読みやすい。一般向けの本の手本のような文体だと思った。真似できるかどうかは、ともかくとして。
いずれにしても、たまたまこの本で一夜漬けしてあったおかげで、にわか右翼の私にも、穂積さんの話を理解しやすかった。