2月26日に何も考えなかった反省

欧州におけるI1a遺伝子の分布 金曜日は、仕事から帰って来てから、ブログを書く元気を全く残していなかった。何よりも苦手とする作業、一月間ためた経費精算を頑張ったおかげで、滅茶苦茶に首筋と肩が凝ってしまったのである。パルクール訓練中の怪我を契機に、スポーツコンディショニングを学び始めた次男の整体を受けて(たいそう痛かった!)、大分治まりはしたが、現代史を顧みることなく、家族とテレビを見てしまった。
 金妍児を頭に、極東勢がフィギュア女子を制したが、それは偶然だろうか、それとも極東諸民族に何か特徴的な人類学的形質があって、それが優位に働いたのであろうか。いずれにしても、極東諸民族が様々な人類学的形質を共有しているのは、当たり前といえば当たり前の話で、身体のハードウエア面で、互いに極めて近似していることは間違いない。例えば、これは自慢だが、我が家の次女も、ちょうど金妍児と崔志宇を足して2で割った姿形(すがたかたち)をしている(ちなみに娘は金妍児や浅田真央と同じ歳)。
 欧州におけるI1a遺伝子の分布(左図)が、いわゆるゲルマン民族の大移動(the Great Barbarian Invasions)を反映しているという議論があるけれど、同じように、ある未知の遺伝子Xがあって、それが極東周辺、とくに朝鮮半島南部から日本列島に濃く分布している、というような事実がいずれ見つかるかもしれない(見つからないかも知れない)。もしそうした遺伝子Xが認められるとしたら、おそらくその分布が濃厚なのは、列島では近畿までで、愛知から東では急激に薄くなるに違いない。ただし、近現代の人の移動で、首都圏では多少濃くなる筈だ。
 さてここまでが話の前振りで、言いたいのは次のことだ。
 ローマが409年にブリテンから撤退したあと、五世紀代にゲルマン人の一派のサクソン人が侵入し、七つの王国を興して覇権を争った。その後デーン人が侵略したり、ノルマン人に征服されたあと、フランスのアンジュー伯が迎えられプランタジネット朝を起こす。フランスでカペー朝が断絶すると、プランタジネット朝のイングランド王がフランスの王位継承権を主張して百年戦争を起こした。この時、エドワード三世や黒太子が率いて、数に優るフランス重騎兵を殲滅したのが、かのイングランド長弓兵である。
 文明の生態史観で、西欧の対極に見立てられている極東でも、時代は前後するが、似たような軍事活動を観察できる。すなわち、長弓を主要武器とする倭が四〜五世紀に渡海侵攻し、高句麗重騎兵と激しく交戦する。イングランドとフランスが、それぞれ長弓と弩で戦うのと同じように、極東でも長弓と弩が衝突する。面白いくらいによく似ている。
 ところで、百年戦争当時のイングランド軍主力は、もちろんイングランド人、すなわちアングロサクソン人である。ところが、それを指揮するイングランド王は、イングランド人ではない。もとを正せばフランス人であり、だからこそ百年戦争も起こりえた。この部分も、「極西」と極東が対称形を成していとしたら、どうなるだろう。倭軍の王は、倭人ではなかったかもしれない、ということになる。つまり、金妍児とか我が家の次女とかとは異なる姿形の人類学的形質の持ち主だったかもしれない。神武東征の神話は、そうした事情を反映したものでありはしないか。そして、それを考古学で検証できるであろうか。
 あまり反省になっていない。ただの妄想に終わってしまった。
 

One Comment

  1. 北條芳隆 より:

    そういえば徳島大学の頃、第1内科出身で医学部長・学長になった先生から、徳島のとある地域には特徴的な血液型の濃密な分布があって、それは列島内では目下異質だといわざるをえないのだけれども、朝鮮半島のとある地域と酷似した様相であることを教わった記憶があります。こうした様相は瀬戸内や北陸以西では、かなり重層的に広がっているような気がしなくもありません。

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