膠と日本画

幼い時から、三千本(日本画用の膠)を煮る独特の匂いを嗅ぎながら育った。三年ほど前にフランスのアルザスで亡くなった母が、日本美術院に所属する日本画家だったからである。

日本画を描くには、油絵などに比べて、たいそう面倒な下準備と段取りが求められる。その一つが、膠の準備だ。前日から、砕いた膠を一晩水に浸して戻し、それをゆっくり湯煎して溶かさなければならない。膠は要するにゼラチン、動物性のタンパク質が主成分だから、気温の高い季節にはすぐ腐ってしまう。そのため作り置きはできない。毎日、使い切る分だけ、用意しなければならない。

膠の準備ができたら、それで岩絵の具を溶いてすぐに書き始められるか、というとそうはいかない。油絵でいうキャンバスを用意しなければならない。これも結構面倒な下準備がいる。日本画には、麻紙(まし)とよばれる強い和紙が使われることが多い。これをパネルに水張りし、乾燥させてピンと張ったところで、いわゆるドーサ引きをする。ドーサというのは、膠液に乳鉢で細かく砕いたミョウバンを溶かしたもので、これを麻紙に均一に塗って乾燥させ、墨や絵の具が滲まないようにする。ただし、あまり強いドーサをかけると、絵の具を弾いてしまう。もちろん、弱すぎてもいけない。気温や湿度、製作意図などに応じてドーサを引く。

次に、ドーサ引きした紙に、胡粉(ごふん)を塗って乾かし下地を作る。胡粉は、炭酸カルシウムを主成分とする白色の顔料で、ハマグリや牡蠣の殻を砕いて粉末にし、何年もかけて精製したもの。これを乳鉢で入念に擂ってから、膠液を徐々にたしながら耳たぶほどの硬さまで練り、滑らかな状態になるまで百回以上叩きつける。次いでお湯に浸して灰汁抜きをする。これを絵皿にとって、人差し指に中指を重ねた指先で、強く押し付けるようにして少しずつ水に溶いていく。これをドーサ引きした麻紙に満遍なく均一に塗って乾燥させ、油絵で言うところのキャンバスの出来上がり。

そろそろ面倒になってきたので以下省略(絵の具を塗り始める前に、下絵を写し、墨を擦って骨描きする、場合によってはさらにこれに胡粉をかける、などなどのプロセスが必要)。

日本画を描くためには、このように面倒な準備と段取りが必要になるので、興が乗った勢いでチューブから絵の具を絞り出して描き始める、と言うような自由度の高い絵の描き方はできない。埃も嫌うから、画室も整理整頓して清浄な状態にしておかないといけない。一部の洋画家たちのように、破滅的な生活を送りながら、絵を描くのは不可能。膠が腐ったり、固まったりして、仕事にならない。己を律し、次の作業の段取りをしながら、計画的な日々を送っていかないと、画業が成り立たない。日本画家たちの多くが長命なのも、嫌でもそうした「健康的」な生活を強いられるからかもしれない。まあそういうわけで、私には日本画は全く向いていない。

日本画に欠かせない膠を煮る際には、先に書いたように独特の匂いが生ずる。良い匂いとは、とても言い難い。私も好きになれなかった。母が女子美に通っていた頃は、独特の臭気を放つテレピン油を使う洋画の友人たちと、互いに「臭い!臭い!」と腐しあっていたそうだ。

さて、三千本をはじめ、日本国内での膠の生産が断たれて久しいという。その代替物として開発されたものが、例のアートグルーである。このアートグルーをめぐっては、二つの誤解がある。一つくは、アートグルーが膠と同じ成分だという勘違い。もう一つが、アートグルーは画材として膠に劣るという、誤解というより偏見といった方が良いかもしれない捉え方。

アートグルーは、木材のチップなど、植物由来の繊維(セルロース)が主成分の水溶性樹脂で、動物性タンパク質を主成分とする膠とは、全く異なる物質である。ではあるが、鉱物の粉末である岩絵の具を溶くメディウムとしての機能を、膠に近似させた画材である。近代科学をベースに新たに開発されたので、実は膠以上の優れた機能も持つ。しかし、伝統的な膠とは似て非なる画材である。この画材をうまく使いこなせるかどうかは、画家の器量の問題であって、画材の方には責任がない。

この誤解に関連して、アートグルーをベースに、出土品の接着剤として開発されたポタグルーを「膠」と呼んで(そこまでは良いが)、膠と同じ天然素材だから良いと勘違いしている(善意の)人がいるけれど、それは間違い。膠は動物性タンパク質が主成分。ポタグルーの主成分であるセルロースは、確かに植物由来の繊維だから、天然素材と言えなくはないけれど、それを言ったらセメダインCも、セルロースを使っている。同じセルロース系の天然素材を利用しているが、一方は有機溶剤を使わない、水溶性の安全な接着剤。一方はアセトンをはじめとする毒性の強い揮発物質(速乾性なのはそのおかげ)を多用した接着剤。

Leave a Reply