発掘調査の民営化は成功したのか?

時の経つのは早いものだ。状況も呑みこめぬまま、発掘調査の民営化に関係する結果となってから、20年が経過した。

さて、それでは、この間に生じた、埋蔵文化財の記録保存、遺跡の発掘調査の民営化は、成功したのだろうか。失敗だったのだろうか。

民間側の当事者の一人として、結論から述べると、完全な失敗ではかったかもしれないが、さりとて、大いに成功した、とはとてもいえまい。そう思う。それはなぜか。

民営化された結果、民間企業が民間企業ならではの特質を活かして、その精度においても、工期においても、コストにおいても、行政機関にはるかに勝る、優れた発掘調査を実現させたのであれば、成功だったといえるだろう。

しかし現実には、民間企業が行政機関の(拙い)代行をしているだけ、というのがこれまでの実態だ。民営化した結果、これまで成し得なかった成果を得られた、ということはまずなかった。もちろん、行政機関側の仕事の出し方にも問題はあったのだが、民間企業が、民間企業ならではの競争と協力を展開した結果、遺跡の発掘調査に革命が起こってしまった、ということにはならなかった。行政機関と似たり寄ったりの、代わり映えのしない従来型の発掘を、ともすれば行政機関より下手くそにやっている。というのが実態である。もしそうであるとすれば、民営化など必要なかったのではないか。

もちろん、民営化に全く意味がなかった訳ではない。とりわけ、民営化がもたらした最大の成果として、発掘調査の安全管理が劇的に改善されたことが挙げられる。このことをめぐっては、多くのゼネコンが発掘調査市場に参入したことが、大きく寄与している。

もう十数年前になるが、新潟県に根拠地を持つゼネコン、吉田建設のレンタル調査員として、発掘調査を担当したことがある。この時、現場で協力しあいながら、施工管理技士の日々の仕事ぶりをつぶさに目にすることになったのだが、安全管理や工程管理、現場での和の保ち方から道具の手入れに至るまで、さまざまな面で大いに勉強になった。ゼネコンとその人材には、こうした業務をめぐって、やはり一日、いやそれ以上の長がある。

ただし、支援業務という枠組みで部分的にゼネコンが入れば、安全管理の必要は満たせる。そうした観点に立てば、業務の一部を民営化すれば十分。調査主体まで民営化する必要はない、という議論もできる。調査主体としての民営化の妥当性を主張したいのであれば、安全管理や工程管理だけでは不十分である。

いっぽう、発掘調査市場に参入している多くの業種の中で、その企業の中核的技術を全く活かせていないと思えるのが、もと社員だった私にいわせれば測量会社である。パスコや国際といった国内最大手の測量会社が、発掘調査に手を出しているが、コアとなる測量技術を活かせぬまま、調査員の数だけ増やそうとしている。その結果、先に書いた通り、行政機関と似たり寄ったりの、代わり映えのしない従来型の発掘に陥りがちで、スケールメリットも含めた本来の力を発揮できないでいる。もったいない話だ(私にも責任の一端があるのだが)。

現在のところ、発掘調査市場に参入したさまざまな業種が、それぞれの中核技術やサービスを競い合って、発掘調査に革命を起こすという望ましい状況には立ち至っていない。これは裏を返せば、何の中核技術も知識も経験もない企業でも、この緩い市場に参入できるということを意味している。調査員(のような人)をかき集めて仕事を取って力技で発掘してしまえば、利益の確保と仕事振りへの評価はともかく、発掘調査企業は名乗れる。

そうした中で、従来型の発掘調査のテクニックや経験を、その技術の中核として保有している企業は、当然のことながら強いし手堅い仕事をする。例えば、埴輪の研究者である長井正欣氏を社長とする群馬県の企業、毛野考古学研究所が、その代表例だ。経営者が考古学研究者だから、調査員に対する目利きもできて、人材の集め方も、育て方もうまい。きっとそうなると思っていたら、やはり企業として確実に成長している。

以上のような、いわゆる発掘調査会社と一線を画して、別の道を進む企業群もある。大半は、それぞれのコア技術、専門知識をベースに業務展開する企業だ。例えば盛岡市のラングとか、名古屋市のCUBICがそれである。ラングは、人工衛星を使って地形を解析するリモートセンシング技術を、考古資料の計測に応用しようという試みから出発したベンチャー企業で、遺物や遺構の三次元計測とその解析をめぐる高い技術力をもとに、実績を広げている。いっぽうCUBICは、トヨタ傘下のアイシン精機埋蔵文化財部門から、ソフトウエア開発と販売を受け継いで独立した、やはりベンチャー企業で、『遺構くんCubic』はよく知られている。

ラングもCUBICも、いずれも独自の技術とノウハウ勝負の企業である。こうした企業群が、しのぎを削って切磋琢磨し、発掘調査に革命を起こしていく、というのが民営化の本来あるべき姿だと思うのだが、残念ながらそうはなっていない。発掘調査の民営化が成功とは言い難いと私がいうのは、そのような意味合いにおいてである。

さて、それでは、発掘調査の民営化は今後どうなっていくのか、どうなって行くべきなのか。それを決めるのは、各々の企業でもなく、行政でもない。社会の要請である。そして今、埋蔵文化財の記録保存という社会システムを危機的な状況に追い込んでいるのが、発掘調査員の絶対数の不足という問題である。ならば答えは簡単明瞭だ。民間企業に課せられた課題は、その問題に対するソリューションとなる商品、サービスなり技術を提供すること、それに尽きる。もちろん、限られた数の調査員を奪い合って、自己企業の業績を広げる、という答えは出てこないはずだ。
少数の調査員で、あるいは成長途中の能力の低い調査員で、精度を下げず、むしろ向上させながら、生産性の高い調査をどう実現して行くか、そのためのサービスや技術をどうやったら提供できるか。今後の発掘調査民営化は、そうした課題をめぐって、企業が知恵と技術で鎬(しのぎ)を削る場とならなければならない。そして、そうなって行くと信じたい。

続く!

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