神武東征の考古学 (2012年考古学協会発表要旨)

はじめに

 春成秀爾が、後藤守一や森浩一はじめ多くの考古学者を槍玉にあげて、「神武東征説は私学の研究者や在野の研究者が取りあげ、帝国大学やのちの国立大学や国立の研究機関は取りあげない」テーマであると切って捨てたように(春成2003)、神話は今日なお日本考古学のタブーである。いっぽう「神話は無文字時代の思想や文化、社会や歴史を探る宝庫である」と捉える古代史学や神話学の観点もある(溝口2009)。本論の目的は、後者の立場から、日本神話を反証可能な論理のもとに考古学的に読み解いてみることにある。
 なお、日本列島のヒト集団は前方後円墳の開始期に文化的共通性を強め、武器なども地域色が薄れる(豊島2010)【図1】。本論では古墳時代前後の日本列島諸集団をその中核的地域名にちなんでヤマト族と呼び、古代史学や神話学と用語上の統一を図る。

1.王権神話の二元構造とヤマト族の武器

 日本神話は、古墳時代以前に起源をもつ土着のアマテラス系と、五世紀に入ってきた北方アジア由来のタカミムスヒ系という、二系統の異質な神話群から構成されているという(溝口2000)。新来のタカミムスヒ系に一度は圧倒された古いアマテラス系神話が、七世紀後半の天武期に復権したとする溝口説には反対意見もあるが、異質な二系統の神話が二元構造をなすという点に関しては、古代史学と神話学の双方において多くの学者の意見が基本的に一致している。
 いっぽう、在来系と大陸(半島)系という二元構造は、実は古墳時代の武器や馬具の研究者にとっておなじみの図式である。たとえば主要な武器である大刀でも、弥生時代以来の伝統を継承するヤマト族固有の大刀(倭系装飾付大刀)と、次々に流入してくる舶載品(大陸系装飾付大刀)とが、対をなして組み合わされるというのが、中期以降の有力古墳に認められる典型的な副葬パターンである【図2】。天武期に最も近い正倉院の大刀にも同様の二元構造があり、古墳時代後期の馬具も同様である。神話に照らせば、それぞれアマテラス系、タカミムスヒ系の文物にあたる。
 このように日本神話と古墳副葬品とは、明らかに相似な二元構造を共有している。その理由は、両者がもともとひとつの文化の一部だったからにちがいない。

2.河内王朝説と百舌鳥・古市古墳群

 王朝交替説をとる直木孝次郎は、溝口説を積極的に評価し、四世紀末ないし五世紀初め、タカミムスヒ系神話を奉ずる連(むらじ)姓氏族の前身氏族が、アマテラス(イザナキ・イザナミ)系神話を奉ずる臣(おみ)姓氏族の前身氏族が擁する第一次ヤマト政権を倒し、河内政権を樹立したと考えれば、これまで以上に首尾一貫した説明が可能になるとして自説に取り入れこれを補強した(直木2005)。

 古代史学において、河内政権で中心的役割を果たし、タカミムスヒ系神話の保持者と目される、大伴・物部など伴造系氏族の前身氏族との関係がしばしば指摘されるのが、百舌鳥・古市古墳群である(直木2005)。いっぽう考古学においても、百舌鳥・古市古墳群の周辺は巨大前方後円墳の陪塚から大量の武器や甲冑が出土し、鍛冶施設から多量の砥石が出土することなどから、古墳時代中期に兵器の生産と流通を中核的に担った地域と考えられている(豊島2010)。
 文献史学からの独立を重んじ神話を軽んじる学史的文脈のなかで、戦後考古学は必要以上に禁欲的態度に支配されてきたが、百舌鳥・古市古墳群造営集団の歴史的解釈をめぐっては、古代史学や神話学の成果とのより積極的な相互参照が求められよう。

3.神武東征説と騎馬民族日本征服説

 王朝交代説のなかでも最も衝撃的なのが、大陸の騎馬民族が北九州を経て大阪湾に上陸し征服王朝を打ち立てたとする、江上波夫の騎馬民族日本征服説である。この仮説に従えば、異民族が外部から侵入して日本の王となったとする神武東征神話も説明しやすい。
 しかし先の豊島直博の研究にも示されるように、河内王朝の武力を中核的に担った百舌鳥・古市古墳群造営集団は、伝統的なヤマト族固有の武器を保持しそれを発展させている。騎馬民族とは切り離せない馬具についても、考古学は同様に征服説に否定的な結論を導く。もし王朝交替があったとしても、それを主導したのはヤマト族である。
 ヤマト族が神武東征譚のように異民族の王を戴いた可能性が残るとすれば、百舌鳥・古市古墳群造営集団、おそらく大伴・物部などの前身氏族が、百済など朝鮮半島の王族を迎えて自分たちの王とした場合であろう。ただしこの推測の可否に関しては、少なくとも今日の考古資料をもとにするかぎり、反証可能な議論は不可能である。古代史学あるいは神話学に議論を返したい。

【引用文献】

豊島直博2010『鉄製武器の流通と初期国家形成』塙書房
直木孝次郎2005『古代河内政権の研究』塙書房
春成秀爾2003『考古学者はどう生きたか − 考古学と社会』学生社
溝口睦子2000『王権神話の二元構造 – タカミムスヒとアマテラス』吉川弘文館
溝口睦子2009『アマテラスの誕生 − 古代王権の源流を探る』岩波書店

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