考古学におけるモデル構築とUML

考古学では、遺物の「編年」モデル、「前方後円墳体制」モデル、「威信財交換」モデルなど、さまざまなモデル化が行われる。それらのモデルは新しい資料や理論によって常に点検され、修正または棄却されて別のモデルに置き換えられ、考古学を発展させていく。しかし、他の人文諸科学と同様、考古学は基本的に自然言語以外のモデル化言語を持たない。フローチャートなどによる図式化も行われるが、それは統一的規則に基づく標準化された表記法によるものではない。このため、考古学のモデルを厳密に記述しその内容を研究者間で共有することが難しく、学理的な混乱を招きやすい。しかし、標準的なモデル化言語であるUML(統一モデル化言語)を利用すれば、そのような問題の基本的な解決を図ることが可能となる。

1. UML
UML(Unified Modeling Language:統一モデル化言語)は、大規模で複雑なシステムの構造や状態、遷移などを簡潔に図式化しモデル化するために厳密に定義された標準言語である[1]。主にソフトウェアの設計・開発のために用意された言語であるが、その広範な適用性により、一般の社会システムに関するモデル化に応用することが可能である。
UMLやその前身であるOMTを用いて考古学のデータ構造を表記することは以前から行われている[2]。しかしそれらは情報システムの設計や実装を目的としたもので、本論で提案するように、考古学の方法そのものにUMLを取り入れることを目的としたものではない。もちろん、モデルが的確にUML表記されてさえいれば、情報システムの設計や実装にも、考古学におけるモデルの学理的な検討にも、いずれにも適用できる。しかし、両者の目的は自ずと異なる。
本論が目的とするのは、考古学におけるモデル作成者の視点、モデルの抽象化の度合い、モデル要素の粒度の違いなどを超えて、研究者が既存のモデルを有効に再利用あるいは融合することを可能にするための方法として、唯一の標準化されたモデル化言語であるUMLの導入を提案することにある。このようなUMLの利用法はいささか変則的ではあるが、開発者の考えから必ずしも逸脱するものではない[1]。

2.考古学における分類と静的構造モデル
UMLにおいて、クラス図はモデルの静的構造、とくに存在物、その内部構造、他のものとの関連を示す。考古学で行われるさまざまな分類の多くは、このクラス図によって簡潔かつ厳密に記述することができる。簡単な例として、ごく粗い粒度で武器の分類を行うと次の図1のように図式化できる。
arm_class

クラスは類似の構造、振る舞い、および関係をもつモデル要素の集合に対する記述子である。直刀や鏃のように特定的な要素(子)から、武器のようなより一般的な要素(親)との分類学的な関係を導くことを凡化、その逆を特化という。子は親と完全な整合性を保ち(属性の継承)、親に比べて追加情報が付加される。
型式や様式など考古学の分類要素は、異なる上位クラスの属性を同時に継承することがしばしば認められる(多重継承)。図2にmultiple_inheritance示した神奈川県らちめん古墳出土の鉄地金銅装鏡板は、左上の九曜紋鏡板、右上の棘葉形鏡板の属性を同時に継承する。生物分類学を下敷きにした従来の型式学のシステムでは、こうした多重継承を記述しにくい。そのため遺伝子工学のキメラ概念などを無理に導入する場合もあった。しかし、他分野の余計な概念に囚われることなく、考古学研究者の観察に則して情報をありのまま簡潔に記述すれば済むことである。

次に資料の静的構造モデルを考える。例えば下図のような具造りの轡の構造を粗い粒度で簡単にモデル化すると図4のように表記できる。
奥原25号墳-ひねり-シンプル

関連は分類子間の意味的関係を定義する。すなわち、関連の両端に作られた分類子の間に何らかの協調関係があることを示す。とくに「部分」と「全体」というような構成関係を表現するためには「集約(composition)」を用いる。図4では、鏡板・引手・銜は「部分」で「全体」である「轡」に集約される。集約を用いれば馬具などのように多数の多様な部品からなる馬具や飾り大刀などの特徴も簡潔かつ厳密に記述することができる。
環状鏡板付轡
図4 集約(轡の部品)

3.静的モデルから動的モデルへ
考古学において重要性を増しつつあるのが動的モデルである。たとえば「古墳時代の成立」を考える場合においても、その成立前と後との二時期の静的構造モデルを提示し、両者を対比することによって変化を説明するという静的モデルを用いた歴史叙述では不十分とされるようになった。二つの時期を貫く一つの動的モデルを提示し、それによって「古墳時代の成立」を統一的に説明できなければならないと考えるのが、今日の考古学の学理をめぐる新しい動きである。
例えば溝口孝司は最近、北条芳隆や村上恭通と著わした著作で、「開始期古墳葬送システムの広域展開」を説明するために従来の静的構造モデルを継承しつつこれを発展させ、「共在確認機会」によって生成される「依存関係」を共有する「基礎単位」を措定し、これをもとに「樹状型広域依存関係」が成立していくという動的モデルを提案している[3]。
溝口ユースケース図はそのようにシステムの動的な性質を表現するために用意されたダイアグラムの一つである。ユースケースはシステム実行動作とともに1つ以上のアクターとシステムとの間で交換される一連のメッセージを用いたシステム、サブシステム、クラスが提供する緊密に結びついた機能を表す分類子で、楕円形で表現される。例えば溝口の「共在確認機会」システムを大まかに表現すると図5のようになる。人形の記号はスティックマンと呼ばれる図形でアクターを表す。アクターは関連するユースケースに対して相互作用する外部システムである。

共存確認機会
図5 ユースケース図(共在確認機会システム)

ところで、動的システムを考えるなら当然のことではあるが時間の扱いが重要になる。そこでシステムの相互作用をメッセージの時間軸に沿った順序を強調して表現したダイアグラムであるシーケンス図が用いられる。例えば、溝口の「共在確認機会」システムにより畏敬の念が生成される機序を簡単に記せば次の図6のようになる。

4.まとめ
図5のユースケース図に示した溝口の共在確認機会システム・モデルに、もう一つ「支配」というユースケースを付け加えたいと感じた読者はいないだろうか。筆者はそう感じた。また同じく共存確認機会システムのシーケンス図を見て、何か充足されないものを感じないだろうか。さらに別の異なるメッセージや相互作用のやりとりを期待したい読者が多いのではないか。そして、こうした意見に対して、溝口はどのように応じるのだろうか。UMLによる図式的なモデル化は、問題を直感的に捉えやすくするため、議論を強く触発する力をもつ。
問題は、UMLが一般のフローチャートほど単純に理解し利用できる言語ではないという点である。この点は考古学への導入を大きく妨げるであろう。考古学研究者は新しい技術や方法の導入をめぐって極めて保守的であり、勤勉とはいえないからである。
しかしながら、考古学におけるモデル化のさまざまな局面で、UMLの導入は非常に有効であり、建設的な議論の活性化に寄与することは間違いない。広範な普及を図る必要がある。そのためには、UML活用の成功例を具体的に提示し、「成功確認機会」の共有によって生成される「UML依存関係」が広域に成立していく契機を生み出していかねばならない。

参考文献
[1] Object Management Group (OMG Japan訳):『UML仕様書』,2001,株式会社アスキー
[2] 岡安光彦,石川桂治,植村俊亮:「データベースを中核とする考古学研究支援システムについて」情報処理学会全国大会,5F-5,1996,情報処理学会
[3] 北条芳隆, 溝口孝司,村上恭通:『古墳時代像を見なおす』,2000,青木書店
[4] 井上樹:『オブジェクト嗜好度向上計画−JavaだってUMLだって』,2003,翔泳社
[5] 大林正晴,具志堅隆児:『考え方・使い方UML』,2003,オーム社

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