東国の構造とその軍事史的意味

岡安光彦

はじめに

 東国は文学や史学の概念で、そのまま考古学に用いるのは問題である(岡安2001)。本論では予め東国を「武器・武具・馬具など軍事に関わる資料の累積的偏在によって考古学的に特徴付けられる地域」と概括的に定義し、以下の議論を進める(図1)。これに従えば東国は概ね愛知県以東、栃木県以南の日本海側を除く地域、すなわち今日の東海・関東・甲信地方に重なる。

fig1 かつて筆者は、東国に顕著な馬具集中域と、文献に見える舎人を氏姓とする者の居住域との間に密接な関係があることを示して、6世紀代の東国舎人騎兵の組織化が、それらの地域で進められたとする仮説を提示した(岡安1986)。

 しかし松尾昌彦氏も指摘する通り(松尾2005)、筆者のこの仮説には限界がある。東国で最も馬具が多い上野には、舎人氏姓者が認められないからである。筆者の示したモデルでは、東国全域への武器や馬具の集中を完全には説明できない。

 本論の目的は、東国への馬具や兵器の集中と、舎人氏姓者の限られた分布域とを包括的に説明できる、新たなモデルを提示することある。

1.東国国造軍の編成と武器の集中

 結論から述べると、東国への武器・武具・馬具の集中は、国造軍の編成を反映した現象である。

 『万葉集』東国防人歌を手がかりに、国造軍の存在を最初に指摘したのが岸俊男氏である。防人歌作者の防人・上丁・火長…国造などの呼称が、防人集団の編成序列を示していることを発見し、奈良時代に九州に派遣された防人軍に、大化以前の国造軍の遺制が残されていることを明らかにした(岸1966)。

 東国防人歌84首の作者は、遠江・相模・駿河・上総・常陸・下野・下総・信濃・上野・武蔵の十国に亙り、先に定義した東国にほぼ一致する。大化前に国造軍が編成され中央に動員された地域と、兵器が集中する地域とは有意に重なり合う。東国への兵器の偏在は、大規模な国造軍が建設されたことを物語る。

2.東国の構造

 ではなぜ、舎人を氏姓とする者は信濃と駿河だけに集中し、最大の馬具集中域である上野には分布しないのか。この問題を考えるには、東国への大量の兵器の集積は均質ではなく、地域毎に量的かつ内容的に大きな偏りがある、という点に留意する必要がある。東国諸地域の武力のあり方には個性があるのだ。

 例えば古墳時代後期から終末期、甲冑、飾大刀、馬具、前方後円墳はいずれも東国に集中する。しかし甲冑は上野を中心に東国の東側に偏在し、西側の信濃・駿河には少ない。逆に馬具の分布は西側に偏り、上野・信濃・駿河などに多い。甲冑と飾大刀の分布は重なり、前方後円墳は常陸や下総など西に偏る(内山2006)。

fig2 東国の大小の国造は、畿内王権の承認と支援のもとに、それぞれ独自の軍の編組に努めたが、当然その力量も存立の歴史的背景も、王権との関係も異にした。そのため東国国造軍の規模や装備は一様ではなく、地域毎にそれぞれ個性があった。舎人氏姓者が一地域に偏る、つまり東国舎人騎兵が信濃・駿河などでしか編成されなかったのも、そのためである。
こうした地域的な個性が立ち現れた歴史的な構造を考えるために、東国を畿内に近いIから遠方のIIIまでの3地域に類型的に区分して、それぞれの地域の特色を捉えてみよう(図2)。

 Iは濃尾平野周辺である。672年夏の戦闘を見ても、東国から中央への物資と兵力供給のターミナル機能を担う地域であったことが分る。東国はこの地を起点に原東海と原東山へ広がる。赤塚次郎氏が狗奴国に比定した地域に重なると考えることもできる。

 IIはほぼ信濃・駿河に相当する地域である。兵装としては馬具が多く(後期~末の)甲冑の少ない地域で、舎人を氏姓とする小国造の勢力域である。御牧の分布するA(原東山道)と、国牧の分布するB(原東海道)の二地域に区分できる。

fig3 IIIは上毛野君に代表される関東の大国造が割拠した地域である。古墳時代後・末期に甲冑・飾大刀・前方後円墳が集中する。単姓舎人を除くと舎人氏姓者が分布しないAと、僅かであるが舎人氏姓者が分布するBの二地域に区分できる。

3.東国舎人騎兵と国造軍

 東国舎人騎兵が編組された地域は主にIIの地域である。その理由は明解で、IIIのような巨大な政治勢力の拠点から内廷の親衛兵を入れることは危険を伴ったからである。とはいえ、外征軍主力としての東国の役割は大きく、中央も積極的に支援したから、その全域において各国造の力に応じた大規模な国造軍が組織されたと考えることができる。

謝辞

 本論は2005年1月に開かれた古代武器研において、和田萃先生から頂いた国造軍に関する助言を契機に構想した。ここに記して感謝の意を表したい。

参考文献

  • 内山敏行2006「古墳時代後期の甲冑」『古代武器研究』Vol.7
  • 岡安光彦1986「馬具副葬古墳と東国舎人騎兵」『考古学雑誌』第71巻第4号
  •  〃 2001「小オリエンタリズムとしての東国史観」『日本考古学協会第67回総会研究発表要旨』
  • 岸俊男1966「防人考」『日本古代政治史研究』
  • 松尾昌彦2005「馬具研究と「分布論」『馬具研究のまなざし-研究史と方法論-』

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