ポタジェルとポタリボンを簡単に作る秘密の方法

ポタグルーとセメダインCの使い勝手の最大の違いにその粘性があります。ポタグルーはさらっとした液体、セメダインCはドロドロのゲル状です。当然、土器を接着するための手法には違いがあります。さらっとしたポタグルーを使って土器を接着するためには、それなりのノウハウとテクニックが必要です。それを踏まえてポタグルーを使わないと、いろいろ厄介なことになります。

厄介な使い方の最たるものが、セメダインCの作業性の延長上で、ポタグルーを使おうとしてしまうこと。どうしても、セメダインCのあのドロドロが欲しくなります。そこで登場するのが、例の増粘剤です。セメダインCに近づけようとして、増粘剤をどんどん入れる。でも、セメダインCのようにはならない。

それどころか、ポタグルー本来の組成が崩れ、接着力が弱まったり、シミが発生しやすくなったり、ろくなことになりません。そのろくなことにならないことを、知らずにやってしまっている作業所が、少なからずあるようです。これは、ポタグルーの開発者にとっても、10696420_723629417715201_4475924213223720363_n
ユーザーに取っても不幸なことです。

本来なら、セミナーやワークショップなどを通して、開発者から正しいノウハウとテクニックの指導を受けた上で、ポタグルーを上手に使いたいものです。とはいえ、なかなかその機会を設けられない場合もあるでしょう。そこで、増粘剤など使わずに、ポタグルーの粘性を簡単に増せる秘密の方法を公開します。開発者の岩月真由子さん本人から教えていただいた裏ワザ?なので、心配はありません。

ポタグルーをなるべくドロドロ状態、ポタジェル状態にして使いたいなら、その方法は簡単です。一晩、ポタグルーの容器の蓋を閉め忘れてください。翌朝には、かなり粘性が高くなっているはず。10520888_723629424381867_8715001719158058858_n理屈は明解。先に述べたように、ポタグルーの属性として、濃度が高くなるほど粘性が高くなるという性質があります。したがって水分を飛ばして、濃度を上げれば自ずと粘性が高くなります。水分の飛ばし方を調整して、必要な粘性を得てください。ただし、セメダインCとは違う接着剤だということを、頭に入れた上で、使い方を工夫してください。

もう一つ、接合面の間に隙間がある場合、フィルム状のポタリボンを使うと便利です。ポタリボンというのは、ポタグルーを乾燥させてフィルム状にし、接合に都合の良い幅にカットして、問題の接合面に咬ませてから、水分を与えて接着剤に戻して使う裏ワザツール。百円ショップでトレーを買ってきて、ポタグルーを引き延ばし、乾燥させて必要な大きさにカットすればできあがりです。厚さは用途に10614128_723629434381866_3480317694706599360_n応じて調整できますが、もちろん厚いほど、乾燥に時間がかかります。いろいろ試してみてください。

ポタグルーは、優れた遺物接着剤ですが、セメダインCとはその特性が全く違います。その特性を踏まえて、上手に使用すれば、圧倒的に優れた接着剤だということが分かるでしょう。

写真は、一昨年9月、犬山市青塚古墳ガイダンス施設で開かれた、ニワ里ネット主催の、土器充填用ステュコ活用セミナー。こうした機会を活用されるとよろしいかと思います。

ポタグルーの主成分ヒドロキシエチルセルロースについて

土器接合用接着剤ポタグルーの主成分、ヒドロキシエチルセルロース(Hydroxyethyl cellulose)は、パルプなどの植物から製造されたセルロースに、酸化エチレンを付加させて水溶性を持たせた植物由来の樹脂、高分子化合物である。HECと略されることが多い。

ヒドロキシエチルセルロースは、冷水や温水に容易に溶解し、水溶液は低温、高温でも安定でゲル化しない。非イオン性で、広い範囲のpH域で安定し、増粘・保水・懸濁・保護コロイドなどの性能を示unknownす。変質しにくく水溶液の粘度も長期間安定している。この性質を活かして、ファンデーションなどの化粧品や各種フィルム、接着剤として広く利用されており、安全な物質である。

ヒドロキシエチルセルロース水溶液は、その濃度が高くなるほど急激に粘性を増す(出典:住友精化株式会社)。ポタグルーの粘性も、この性質を利用して調整されている。

市販の増粘剤を添加することで粘性を増加させ、セメダインCの作業感に近づけて使用する方法はすすめられない。ヒドロキシエチルセルロース本来の性質を劣化させてしまう恐れがあるからだ。他の物質と同様、非晶質のアクリル樹脂は周囲の温度が高まると分子運動が活発になる。ある温度以上になると、分子活動が非常に活発になって相転移を起しゴム状になる(溶けるのではない)。この温度をガラス転移温度という。高分子のガラス転移温度は、諸条件によって大きく変化し、その予測だけで一つの学問領域を形成するほど複雑なプロセスである。増粘剤を添加すると、ガラス転移温度がポタグルー本来の設計から大きく変動し、比較的低温でも相転移を起しゴム状に劣化してしまう恐れがある。

 

 

 

土器修復の充填材は土器と同じ材質が良いという当たり前の話

土器修復の充填材として長く用いられてきたのが石膏である。その後、クレイテックスなどのケミカルな商品も登場した(成分が明らかにされていないものが多い)。また、修復の専門家の間では、エポキシ樹脂系の強力な充填材が用いられることもある。これらの素材にはそれぞれ一長一短あるが、共通するのは、土器修復の充填材として最適な素材は何か、という観点から開発されたものではない、という点である。何か使えるものはないかと見渡した結果、とりあえず使えそうなものを使ってきた、という程度の素材に過ぎない。

さてでは、土器修復のための充填材として、ベストな素材は何か。それは土器の素材と同じもの、土を使うのが一番良いに決まっている。しかし土器の胎土と同じ土を練って充填しても、乾燥すれば固まるには固まるが、強度が全く足りない。さらに、乾燥すると収縮してひび割れてしまう。とても充填材としては使えない。

というところで話が止まってしまったら、土についての素人である。そして我々考古学関係者は、残念ながら多くの優秀な土器研究者も含めて、この点において土についての素人であった、というしかない。土についての専門家であれば、乾燥しただけで焼成した土に近い強度をもたせるにはどうしたら良いか、乾燥による土の収縮をどう抑えられるかについての解を示せたはずである。

土の専門家として、この問題に解を示したのが、先に紹介した岩月真由子氏である。氏は、東京藝大大学院(塑像研究室)を修了した後、塑像家としてヨーロッパ各地で芸術活動を展開する傍ら、テラコッタ材料学や文化財修復学を修め、日本に帰ってからは、INAXライブミュージアム「土・どろんこ館」で学芸員を務めつつ、左官集団と交流し、その棟梁から職人芸を直伝されたという経歴を持つ。土についての広汎な知識と経験から、土器修復のための充填材として、土器と同じ素材の土を使うにはどうすれば良いか、氏は以下のようにその方法を明らかにした。

氏が利用したのは左官の知恵である。焼成しなくとも強い壁はできる。強度を持たせるには、粘土成分のうち、ドロマイトの比率を高めてやれば良い。漆喰の壁が固まるのとほぼ同じ原理である。同様に、乾燥による収縮を抑え、亀裂を防ぐには、そのための混和剤、適切な種類のシャモットやスサを適切な分量入れてやれば良い。そうすれば、土器を土で作ったように、土を充填材として使える。一言で表現すると、それは人類が古くから利用してきたステュッコの技術である。

一般にステュッコ(stucco)は建造物の内外装用の左官材料で,日本では化粧漆喰と訳されることが多い。ただし,後述するように,和風建築に用いられる和漆喰とは,材料的に似て非なるものなので,区別が必要である。

通例,消石灰(水酸化カルシウム:Ca(OH)2)に石灰岩(炭酸カルシウム:CaCO3),粘土,砂,顔料などを混入して水で練ったもので,細工するときは柔らかく,硬化すると耐久性をもつようになる。古くから使用されてきたセメント・モルタルもその仲間である。

文化遺産としては,ガンダーラや東アジアの仏教系遺跡などに,大量のステュッコ製塑像彫刻を認めることができる。それら数多くの塑像の例は,ステュッコが造形素材として,きわめて柔軟な表現性をもち,しかも同時に長年にわたって風雨に耐えられる堅牢性を有することを実証している。

岩月真由子氏が開発した充填剤も,長い人類史の中で証明されてきたステュッコの柔軟な表現性と高い堅牢性とを兼ね備えた素材としての特性を,文化財とくに土器修復時の充填剤として発揮できるよう,新たに開発した素材である。

土器復元時の充填剤として用いるステュッコの原料は,修復対象の土器の胎土に近い土(粘土)と砂の他,シャモット,ドロマイトプラスター,ポリエステルファイバーまたはナイロンファイバーである。

原料として用いる粘土と砂は,修復対象とする土器の胎土採取地が分かっていれば,それを用いる。不明の場合は,可能な限りそれに似た材料を用意することで近似させることができる。また,たとえば阿玉台式土器のように,雲母が胎土に大量に入る土器の場合などには,同比率の雲母片を混ぜることで,土器本来の胎土の材質に,限りなく近似させた修復をすることも可能となる。桶川市加曾利E式土器の復元例では,北関東の鉱山で採取された,土器胎土に近似した材料を充填剤として用いている。

シャモット(フランス語:chamotte)は,珪石(酸化ケイ素:SiO2),アルミナ(酸化アルミニウム:Al2O3),酸化第二鉄(ベンガラ:Fe2O3)などを成分とする耐火粘土を焼成した後,砕いて粉状にしたものである。焼成時の歪みやひび割れ抑える効果があるため,現代の焼き物によく配合される。充填剤の歪みやひびの発生を防ぐことができる。ちなみに,シャモットの原料には廃瓦なども利用できるため,廃棄物によるリサイクル処理にも役立つ。

ドロマイト(苦灰石:CaMg(CO3)2)は,炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムを主成分とする鉱物で,石灰石が海水中で変容して生成される。

ドロマイトプラスターは,ドロマイトを950~1100℃で焼成し,水和反応を経て粒子を調整して得られる素材で,耐火性,耐水性,防音性に優れるため,ひろく建築材に用いられている。土器修復用ステュッコでは,水と混ぜると固まる性質(水硬性)を利用して,火熱によらずに充填剤を硬化させるための固化材として用いている。

なお,ステュッコと近縁の左官材として,消石灰(水酸化カルシウム)を主たる固化材とする和漆喰や,硫酸カルシウムを主材とする石膏プラスターがある。いずれも石灰岩由来のカルシウムを用いる点で紛らわしいが,似てはいても,ステュッコとは性質の異なる素材である。

ポリエステルファイバーまたはナイロンファイバーは,充填剤のつなぎにいれる,いわゆるスサである。グラスファイバーを用いることも可能だが,健康被害の懸念もあることから,土器修復用ステュッコではその使用を避ける。また藁スサなど天然繊維のスサを用いることも考えられるが,天然繊維はアクを生じシミの原因となる。茶室等の壁に用いる際には,そうしたシミを敢えて良しとする場合もあるが,土器修復用ステュッコでは避ける。なお,関東地方の縄文時代前期土器のように大量の繊維が入った土器の雰囲気を表現するため,あえて天然繊維を充填剤に含有させることも可能であろう。

なお,充填後の補修用ステュッコは,必要な場合には,適宜水分を与えることによって,容易に離脱,除去することができる(多少のノウハウは必要)。つまり,より優れた充填剤が開発された場合や,復元に誤りが発見され,別途修復が必要になった場合などにも,柔軟に対応することが可能な,持続可能な修復を実現できる素材、それが土器修復用ステュッコである。

写真は、春の日本考古学協会におけるポスターと実物の展示。doki

接着剤ポタグルーとは(2)

ポタグルーは,絵画とくに日本画用の「アートグルー」を,その開発元である有限会社うえだ(上田邦介社長)協力のもとに,土器修復家の岩月真由子氏が、出土品専用の接着剤として調合し直し,改良を加えた製品である。ちなみに、宮益坂のウエマツ画材店、ネット通販の絵具屋三吉も上田邦介氏が社長を務める関連会社。

本来アートグルーは,アクリル共重合体を主成分とする樹脂系メディウム(溶剤/展色剤)で,日本画で用いる天然膠の代用品として広く使われている。アートグルーは少し粘りのある液体状で,硬化後の離脱には水を使用し,使用時の匂いはほとんどない。有機溶剤を使用していないので,使用者に対して負担が少なく,安全性が高い。増粘剤を加えることで,粘性の調節が可能である。

ポタグルーは,アートグルーの特性のひとつである粒子の結合力に優れた点に着目し,出土品接合専用の接着材として、濃度を増し、増粘剤を添加して再調合した製品である。ポタグルーは石器の接合にも使用可能であり,汎用性の高い接着剤といえる。硬化後も水溶性を保つので,接着させたあとで再剥離する必要が生じた場合でも,(弱アルカリ性に調整した)水分を添加することによって,簡単に剥離できる。こうした点も,セメダインCなど従来の接着剤より優れた特性である。

状態に合わせてより接着力と粘性を強化したポタジェルも開発されている。さらに接着面に隙間があるなどして,それでもなお十分な作業効率を得られない場合には,シート状のポタリボンも用意されている。

ポタグルーの利点の一つに,液体で流動性が高く,硬化時にほとんど厚みをもたずに接着されるため,遺物接合時にずれを抑えられるという特性がある。石器の接合資料の接着などには,まさにうってつけの素材といえよう。先述したように,水を使用すれば簡単に離脱するので,その点でも優れている。

これに対して,ポタリボンはシート状であり,市販の両面テープのように使用する。基本的な成分および特徴は,ポタグルーと同様である。ポタリボンの厚さはおよそ0.3ミリで,使用の際は破断面に合わせてカットし,少量の水分を含ませることで接着することが可能である。

ポタリボンは水分を含むことで接着力を発揮するとともに,破断面の凹凸に合わせて変形するため,破断面同士を圧着することにより,十分な接着力が発揮される。また,余分な水分を極力減らしているため,硬化時間も短くすることができ,接着点の少ない部位や,独立して垂直面からつきだしている部位などに適用すると,きわめて効果的である。セメダインCなど従来の接着剤では,考えられなかった特性である。

ポタグルーは、他の接着剤と異なり、当初から遺物の接合を目的に開発された専用の接着剤であり、当然作業性は高い。十分な強度を有するいっぽう、その接着はしなやかで、セメダインCのように硬化後に土器を食ってしまうようなことはない。セメダインCや木工用ボンドに比べ、シミも出にくい(水を垂らしただけでもシミは発生することがあるので、応分の注意は必要である)。セメダインCのように、硬化後にテカることもない。

ただし、ポタグルーの使用には注意も必要である。とくによく目にするのが、セメダインCと同様の使い方をしようとする誤りである。最たる間違いが、増粘剤を大量に投入して、セメダインCと同様の粘性を持たせようとする無駄な試みである。どんなに増粘剤を投入しても、ポタグルーはセメダインCのような粘性を帯びることはない。ごく少量でしっかりしなやかに接着できるポタグルーではあるが、適切な接合の仕方をしなければ、十分にその特性を引き出すことはできない。無手勝流を排し、セミナー等を通して基本的な知識とノウハウを吸収した上で、使用することをお薦めする。

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【参考文献】岩月真由子他 2016「土に目をむけた持続可能な土器の修復と復原」『第34回日本情報考古学会講演論文集』

 

接着剤ポタグルーとは(1)

ポタグルーは、遺物修復のための接着剤として、新たに開発された商品である。商品名は、Pottery(土器)とGlue(接着剤/膠)に由来するが、石器や木器など他の遺物も問題なく接着できる。ならばArtifact(遺物)とGlueから、アートグルーと命名しても良かったかというと、そうはいかない事情があった。アートグルーが、日本画用の代用膠として、すでに商品化されているからだ。ポタグルーは、この日本画用メディウム(展色剤)のアートグルーをベースに、遺物の接着剤として使いやすいよう、濃度などを最適化して調合した商品である。

遺物修復用接着剤、ポタグルーを理解するためには、その母体となったアートグルーとは何かを知るのが近道だろう。そしてそのためには、日本画に必須の画材、和膠の現状、を理解しておく必要がある。結論から言うと、和膠の生産体制は現在では壊滅状態にある。かつて普通に用いられてきた「三千本」や「京上」といった和膠は、現在製造されていない。それどころか、その代用品として用いられてきた画材、洋膠の「パールにかわ」すら、現在では製造が終了してしまった。日本の伝統的芸術である日本画の存続を脅かすこの事態には、膠の生産者に対する社会的差別など、複雑で難しい問題が絡んでいるが、ここではその問題に触れることはしない。

画材店のオーナーとして、また画材研究者として、絵画用膠の問題に解決策を示したのが、先の上田邦介氏である。和膠の代わりとなりうる絵画用メディウム、アートグルーを開発し、商品として世に送ったのである。

このアートグルーをめぐっては、日本画界において賛否両論がある。というのも、アートグルーは実は膠ではない、膠とは似て非なるものだからだ。どういうことか。

膠は動物の皮や骨を水と加熱して抽出した有機蛋白質をその母体としている。いっぽう、アートグルーは、水溶性の樹脂、数あるアクリル樹脂の一種である。絵画用メディウムとしての機能は、伝統的な膠に勝るとも劣らないとされる。化学的にはより安定しており、カビにも圧倒的に強い。安価で使いやすい。しかし、和膠の使い心地にこだわる画家たちからは、反発も大きく、賛否の論争に決着は付いていない。増えすぎて問題になっている野生の鹿の駆除を兼ねて、伝統的な鹿膠の生産と流通を復活させようという動きもあるが、上田氏は非現実的な願望にすぎないと一笑する。

さて、アートグルーが日本画用メディウムとして最適か否かという、以上のような論争には、ここでは距離を置く。というのも、ここで問題にしたいのは、アートグルーをベースに開発されたポタグルーが、遺物修復用の接着剤として、セメダインCを始めとする既成の接着剤に比べ、どれだけ優れているか否かであるからだ。以下、簡単にその問題を整理しておく。

安全性

遺物修復用の接着剤として長く一般的に用いられてきたセメダインCの最大の問題点は、その安全性にある。先に示したように、セメダインCは、製造元の安全データシートにも示されている通り、引火性のある急性毒性物質である。遺物修復の現場で、恒常的に用いるためには、労働安全衛生法の観点から、十分な換気設備を整えた上で、保護手袋や保護眼鏡等の個人用保護具を着用して、作業に当たる必要がある。

いっぽうこれに対して、水溶性アクリル樹脂を主成分とするポタグルーは、はるかに安全である。もちろん、大気中に引火性のある急性毒性物質を排出するようなことはない。

ただし、溶液を弱アルカリ性に整えるために、ポタグルーには微量のアンモニアが含まれている。したがって、溶液に顔を近づけて匂いを嗅ぐと、微かなアンモニア臭を確認できるはずである。安全性に問題がないとはいえ、この点については、不快を感じるかもしれない。

写真は、宮益坂にある上田邦介氏の研究室を訪ねた際、見せていただいた新しい絵画用メディウム「ASHURA」。アートグルーの派生品という。「興福寺の阿修羅像もね、材料学的に見ればプラスチック(樹脂)でできたフィギュアだよ」という言葉が印象的だった。ashura

妄想軍事考古学、続き

7年ほど前にブログに公開し、さらに4年前に再録した、高句麗VS百済・伽耶・倭連合軍の戦いでは、まるで見てきたかのように(考古学の得意技?)、両者がそれぞれ整然とした陣形を成して衝突した戦闘シーンを「再現」して見せました。しかし今考えてみると、百済はまあ良いとしても、伽耶や倭angaku3がそうしたハイレベルな組織的戦闘ができたかどうか、はなはだ疑問。

高句麗から見ると、伽耶や倭の兵士たちというのは、ローマのカエサルが見たガリア人の集団のような連中だったのではないか。高句麗正規軍の整った戦列に対して、同様の戦列をなして正面からがっぷり四つの戦いを挑むというような兵士集団ではなく、勇敢で精強ではあるけれど、デタラメな人たち。その横で、ほどほどに統制の取れた組織的戦いをする百済軍、みたいな……

その後の「研究の成果」に基づいて考えてみると、百済・伽耶・倭連合軍がどれだけ組織だった戦闘ができたか分からないものの、共通の武器としては(少なくともその一部は)、私が名付けたところの太平洋型長大弓、パシフィック・ロングボウが用いられたのではないか、という推測が導かれます。5世紀段階では、鉄鏃の型式も共有しているし。

いっぽう高句麗にとって、壁画に描かれたような複雑な兵種から整然と編成された軍団が本格的に機能したのは、倭との非対称な戦闘ではなく、燕のような大陸の大国との正規軍戦ではなかったのか。ご先祖様には申し訳ないけれど、そんなイメージを抱く昨今です。

 

セメダインCを使い続ける価値はあるのか

先のエントリーで、土器の接合に広く利用されているセメダインCは、引火性が強く、単回暴露でも健康被害を生じかねない、扱いの厄介な有毒物質であることを、製造元のセメダイン株式会社自身も認めていることを明らかにしました。もし今後も、埋文事業で使い続けるとするなら、作業所に十分な換気装置を設置した上で、保護手袋・保護眼鏡・顔面保護具などの個人用保護具を使用することが、コンプライアンス上の要件になるに違いありません。埋文事業における整理作業では、接着剤を長時間、毎日のように使い続けることが、むしろ普通なので、作業員の皆さんの健康を考えれば、それは法規上の義務を超えた責務とも言えるでしょう。

さてそれでは、セメダインCは、そうしたコストに見合うだけの優秀な土器接合用接着剤でしょうか。

実は、セメダインCが、それほど優れた接着剤ではなく、いろいろ限界や難点のある材料だということに関しては、埋文関係者自身が重々承知してきた事実だと思います。問題は、では他に何かそれに勝る良い接着剤があるかというと、そんな材料は見当たらなかった、ということに尽きるでしょう。接合用接着剤としての実用的な性能、入手のしやすさ、安全性、安定性、価格などの諸条件を満たす、優れた接着剤があれば、とうの昔に使い始めていたに違いありません。しかし残念ながら、セメダインC以外に、解がなかった。それが、今日に至る、日本考古学の現実であった。日本の考古学者は、自分たちの要求を十分に満たす土器接合用接着剤を、自分たちで開発することも、外に見出すこともできずに来た。とまあ、そういうことです。

そしてそこに、先に紹介した土器接合用接着剤、ポタグルーが登場しました。テラコッタと絵画材料学、二人のエキスパートの協力によって。

使うのは今でしょ(笑)!

 

セメダインCは引火性のある急性毒性物質

セメダインCは、工作好きの少年にはお馴染みの接着剤です。私の一番の思い出は、小学2年生の頃、セメダインCを使って、東京タワーの木製モデルを組み立てたことでしょうか。

考古学の世界でも、セメダインCは無くてはならないアイテム。特に土器の接合に広く使われています。出土品整理作業のプロセスで、この接着剤のお世話になっていない調査機関は、ほぼ皆無と言って良いのではないでしょうか。

しかし、実はセメダインCは極めて危険な引火性のある毒性物質である、ということは、あまり知られていないと思います。最近でこそ、その危険性が囁かれつつはありますが、その利便性に負けてしまっている。

さて、ではセメダインCとは、いったい何なのか。その成分は、セメダイン株式会社が公開している情報ですぐ分かります。基本的には、ニトロセルロース(硝化綿)をアセトンに溶かしたもの。ニトロセルロースというのは、植物繊維を硝酸と硫酸で硝化させたエステルで、着火すると激しく燃え、火薬やロケット燃料、接着剤の原料になります。アセトンは広く用いられている有機溶剤で、常温で高い揮発性を有し、強い引火性があります。これら二つの主成分の他に、セメダインCには、ポリ酢酸ビニル樹脂、酢酸ブチル、イソプロピルアルコール、エタノール、ブタノールが添加されています。

セメダインCが素早く乾いて便利なのは、50%ほど含まれているアセトンが、常温で素早く揮発してくれるからです。逆に言うと、素早く乾くという利便性と引き換えに、大量のアセトンが作業空間に放出される、ということになります。そして、アセトンをはじめ、セメダインCに含まれる全ての化学物質は、労働安全衛生法で、「表示すべき有害物」・「通知すべき有害物」に指定されています。そのため、セメダイン株式会社の公開する危険情報にも、次のような対策を取るように指示されています。

  • 静電対策を講ずる。
  • ガス・ミスト・蒸気を吸入してはならない。
  • 取り扱い後は汚染箇所をよく洗う。
  • この製品を使用する時は、飲食または喫煙をしてはならない。
  • 屋外または換気の良い場所でのみ使用する。
  • 保護手袋・保護眼鏡・顔面保護具を着用する。
  • 必要な個人用保護具を使用する。

しかしながら、埋蔵文化財の現場で、果たしてどれだけの作業所が、こうした対策を取っているでしょうか。セメダインCには、製造元からも、次のような危険有害性情報が出ているにも関わらず。

  • 生殖能または胎児への悪影響のおそれ。
  • 遺伝子疾患のおそれ。
  • 単回暴露により中枢神経・腎臓、肝臓、全身毒性の障害のおそれ。
  • 単回暴露により呼吸器への障害のおそれ。
  • 長期または反復暴露により中枢神経・聴覚器の障害のおそれ。
  • 長期または反復暴露により血液系、血管系、神経系、肝臓、脾臓の障害のおそれ。

などなどです。誰も調査していないから表に出て来ないものの、多くの埋文調査機関の作業所で整理作業に従事する人たち(大半は女性)に、上記のような障害が多少なりとも進行している可能性がないとは、言い切れないのではないでしょうか。直ちに対策を講ずるか、セメダインCの使用は控えるべきではないか、という気がします。いかがでしょう。

セメダインCの成分や危険性に関する情報は、公式サイトからは直接アクセスできないようで、「セメダインC 製品安全データシート」や「セメダインC 成分」でネットを検索すると、pdfファイルがヒットします。あまり見せたくはないけど、コンプライアンス上は公開はしなければならない情報、ということでしょうか?

なお、本文ではセメダインCの危険性に言及し、使い方に警鐘を鳴らしましたが、製品としての有益性を全て否定しているわけではないので念のため申し添えておきます。要は、製品の化学的・工学的特性を理解して、安全に使いましょう、ということです。

弓と土器修復が膠でくっついた話

2複合弓古代日本の原始和弓やイングランドの長弓のような、単一素材の丸木の弓には必要ありませんが、弓作りに欠かせないのが強力な接着剤。ユーラシア中央部の乾燥地帯で用いられる彎弓、ユーラシア大陸北縁の森林地帯で用いられる寒冷地型木製彎弓/フィン・ウゴル弓:two-wooden-bow/Finno-Ugrian-bow、北アメリカ大陸温帯部を中心に用いられるフラットボウなど、相異なる性質の素材を張り合わせて強化する複合弓では、いずれも動物質の膠が接着剤に使われます。

2複合弓3木製複合弓彎弓の場合、弓の背(外)側、強烈に引っ張られる部位には動物の腱が使われます。逆に、強烈に圧縮される腹(内)側には、水牛の角などが配置されます。両者の中間には、引っ張りと圧縮という矛盾した力を調整する柔軟な木質が持ちられます。そして、これら異なる性質の素材を頑丈に接着する強力な糊として用いられるのが、動物の皮などから抽出した膠です。ラップ人などが使う合板弓は、伸張側にカバノキなど、圧縮側にマツなどを配置し、両者をやはり動物質の膠で強力に接着します。4北極型複合弓アメリカ原住民は、割れやすい平らな断面を有するフラットボウの弓幹を補強するため、背側にガラガラヘビの皮などの動物の皮革を、これも動物の皮などから抽出した膠でしっかりと接着します。これに対して、土器を所有せず、膠を入手できない北極圏の民族は、木質や骨などを海獣の腱などで緊縛して、その不足を補います。アラスカやカナダの極北の森林地帯では、やはり膠を得られないため、皮革を貼る代わりに動物の腱で背側を補強したフラットボウを使います。5エスキモー122cm紀元前3000年紀、まだ土器がなく膠を作れなかった時期に製作された、英国メアヒース沼沢地のフラットボウにも、全く同じような補強が見えることは、両者の系譜上の繋がりを暗示する、興味深い近似です。1メアヒース

日本列島では、材料のマダケが入ってくる平安時代から、竹を材料とした合成弓(合わせ弓)が製作されるようになり、今日の和弓がほぼ完成されます。この際、鹿皮や魚のニベの浮き袋から採った膠が接着剤として用いられました。ニベとは、膠(ニベ)もない、鰾膠(ニベ)無く、のあのニベです。

膠も接着剤も英語ではGlue。膠が古今東西で接着剤の標準として用いられてきたことがわかります。その膠も、国内では伝統的工法を用いたものは作られなくなり、質の良い和膠を入手できなくなったため、代用となる樹脂として開発された合成膠のアートグルー。さらに、その特質を活かして派生した土器用接着剤のポタグルー。弓の話と土器修復の話が、膠の長い歴史の中で、不思議な繋がり方をしたのでした。

 

 

遺物用接着剤「ポタグルー」を開発されたお二人

5月の考古学協会では、釜石市教育委員会の加藤幹樹さんや、土器修復家の岩月真由子さんと、釜石市屋形遺跡から出土した、弥生初頭の土器とその修復状況を紹介させていただきました。加藤さんのご尽力で、可愛い弥生土器と、縄文土器も展示できたので、多くの方々に会場で実物を手にとって、優しい風合いの修復・復原に感心していただくことができました。たくさんの研究者の方々から、「今後は、こうした方向しかありませんね」という評価をいただいたことは、裏方としてプロジェクトに関わった者として、望外の喜びでした。お声をかけてくださった皆様、ありがとうございます。

考古学協会会場にてさて、写真は、今回の修復で用いられた、土器用接着剤「ポタグルー」を開発した、岩月真由子さんとウエマツ画材店社長の上田邦介さんのお二人です。いずれ詳しくその業績を紹介しますが、上田さんは、日本画材料を扱う画材店を営みながら材料研究に取り組み、東京藝術大学で講義されるなど、絵画材料学の世界では著名な方です。生産が停止して日本画家を困窮させている和膠に代わる合成膠、アートグルーを、絵画用メディウムとして開発したことでも広く知られています。

この上田さんが開発した代用膠のアートグルーに、土器修復家として目をつけたのが、岩月真由子さんです。アートグルーは、顔料の伸展剤としての性格が強いため、接着剤として用いるには少し水っぽい。そこで試行錯誤の末に土器接合用に最適化した濃度を導き出し、上田さんに依頼して作りあげたのが、土器用合成膠のポタグルー、というわけです。ポタはもちろんポッタリー(土器)からの命名。このポタグルーが、土器用の接着剤として、どう卓越しているかについては、おいおい説明していきます。

ちなみに岩月さんは、もともと彫塑家で、東京藝大、同大学院(塑像研究室)でテラコッタを学んだ後、渡欧してデンマーク、ドイツ、フランスの大学で研鑽を積んでこられた方です。ソルボンヌ大学では、比較言語学を専攻したという才媛。帰国後は、しばらくINAXのライブミュージアム「土・泥んこ館」で学芸員を務めておられました。「百土箱の部屋」は、その時の成果。その岩月さんを見つけて、考古学の世界に連れてきたのが、元愛知県埋蔵文化財センター、現在ニワ里ねっとの赤塚次郎さん、少し乱暴なまとめ方をすると、そんな感じになります。